安濃津城の戦い
慶長5年8月、関ヶ原の戦いの直前、伏見城を落とした西軍が伊勢平野になだれ込み、伊勢北部をほぼ手中に収めました。 そのような中、安濃津城(現在の津市)や松坂城(現在の松阪市)、岩出城(現在の玉城町岩出)などの城主は徳川家康の命を受け、上杉征伐…
大正5(1916)年「三重県風土史蹟」に、「津城軍記」として次の記事が載っています。 津城戦記 慶長五年関原ノ役富田信濃守知信子信高其臣分部光嘉ト共ニ東軍ニ属シテ籠城八月二十三日西軍中国勢毛利豊前守秀元宍戸元次鍋島直茂長曾我部盛親安国寺恵瓊大東大…
2024年9月28日から9回にわたり「関ヶ原の戦い@安濃津城」として、現在の三重県津市・津城跡周辺を舞台にした東軍・西軍の戦いについて述べてきました。 長くなりましたので以下に戦いのあらすじと、ブログ記事(イラスト回含む)のリンクを並べます。 前提…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、9回目です。 当初想定していたよりかなり長くなってしまいましたが、これでラストにします。 前回まで diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月、関ヶ原の戦いの前月。東軍についた富田信高・分部光嘉ら1700…
2024年9月18日から始めた「関ヶ原の戦い@安濃津城の戦い」が思ったより長くなってきました。終盤間近ですが、ここでイラストを1回挟みます。 diconoroshi.hatenablog.com イラストは、安濃津城の城主・富田信高の妻「宇喜多氏」です。安濃津城が西軍に攻め…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、8回目です。 前回のあらすじ diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月24日、毛利勢を中心とする西軍が安濃津城への攻撃を開始。城を出て城下町で戦っていた兵が、城の東側にまわった西軍(宍戸元続・鍋島勝茂・…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、7回目です。 前回のあらすじ diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月23日、東軍についた富田信高らが籠る安濃津城(1,700人)に西軍(3万)の先鋒が迫ります。塔世川(現・安濃川)を挟んで対峙した両軍です…
先日、ブログで言及した弓削忠左衛門のイラストを描きました。 diconoroshi.hatenablog.com 安濃津城の戦い・1日目では、籠城側・富田信高軍の鉄砲隊が大活躍したので、鉄砲を持った人物を描こうと思いました。 60人の鉄砲隊で200~300人の敵陣に殴り込みを…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、6回目です。 前回のあらすじ diconoroshi.hatenablog.com 慶長5年8月初旬、西軍の先遣隊・長束正家と安国寺恵瓊の部隊は安濃津城まであと1日の椋本(現・津市芸濃町椋本)まで進みました。 しかし、長束・安国寺の…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、5回目です。 前回までのあらすじ 慶長5年、関ヶ原の戦いの直前。家康の命を受けて安濃津城に入った富田信高。伊勢上野城の分部光嘉が合流、松坂城からも増援、地侍の参加などもあり、計1,700名の兵となりました。周辺…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、4回目です。 前回は、上杉征伐に従軍して関東にいた安濃津城主・富田信高が、家康の命を受け、伊勢湾を渡って安濃津城に帰還した経緯を述べました。 diconoroshi.hatenablog.com 安濃津城の留守兵 安濃津城の留守は富…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、3回目です。 前回の記事では、関ヶ原の戦いの直前の、伊勢国周辺の大名たちの状況について説明しました。 diconoroshi.hatenablog.com 今回は、関ヶ原の戦いの当時、安濃津城の主であった富田信高が、上杉征伐で駐屯す…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、2回目です。 主に、関ヶ原の戦いの直前の、伊勢国周辺の大名たちの動向について述べます。 慶長5(1600)年、豊臣家に臣従する形をとりながらも権勢をふるっていた徳川家康は、会津(福島県会津若松市)の上杉景…
今回は「関ヶ原の戦い@三重県・津(安濃津)」です。 日本が東西2陣営に分かれて戦った「関ヶ原」。そのものは慶長5(西暦1600)年9月15日、美濃国不破郡関ヶ原(現在の岐阜県関ケ原町)で行われた大会戦ですが、その前後には、日本全国各地で大小の合戦…