2024年12月6日の記事「藤原千方~四鬼を従えた古代のスタンド使い~」
正史に記されない反逆者・藤原千方の伝承は旧伊勢・伊賀に各地に残ります。
この記事は、2025年3月に伊勢国側の伝承地を訪問した記録です。
伊勢国側の伝承は、今の津市・松阪市を流れる雲出川に沿って残っています。
瀬戸ヶ渕~藤原千方が討たれた景勝地
現・津市白山町南家城にある瀬戸ヶ渕公園。
この地は藤原千方が討伐軍の紀朝雄に討たれた場所と伝わります。

伊勢側の伝承では、討伐軍がこの瀬戸ヶ渕に藤原千方を謀略を以て誘いだし、討ち取ったと伝わります。
千方の首は斬られ、川に流されそうになりました。

公園から下流を望む
しかし、人々が「藤原千方とあろう者が、普通に川に流されようか」と言ったところ、首が川上に向かって遡上しました。

公園から川上を望む
真見~藤原千方の首が見つかった渓流
津市白山町南家城の瀬戸ヶ渕公園から川の上流に向かって5分程度車を走らせた場所、白山町真見が次の伝承地です。
真見は、藤原千方の首を追った討伐軍が首を見つけた場所と伝わります。


真見を流れる雲出川は穏やかなのですが、途中、やや流れの急な渓流なっています。
ひょっとしたら、藤原千方の首はここで力尽きて討伐軍に見つかったのかもしれません。

君ヶ野ダム ~藤原千方を祀った村が沈むダム湖
真見から10分ほど美杉方面に車を走らせると、大きなダムが姿を現します。

この君ヶ野という名、江戸時代前期には地誌「勢陽雑記」に記録されていました。
「君」とはこの地・簱本村に首が葬られ、氏神とされた藤原千方のこと。
毎年、藤原千方を祀る祭「君の祭」が行われ、その里も「君が野」と呼ばれていました。

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君が野地区が湖底に沈む前、藤原千方の首を葬ったとされる祠の跡があったということです。
調査をする議論があったそうですが実現せず、そのまま湖底に沈んだそうです。
竹原神社 ~周辺の神社を合祀した社
君ヶ野ダムから5分余り車でいったところに竹原神社があります。


竹原神社には、明治以降、周辺の神社が合祀されています。
君ヶ野ダムに沈んだ君が野地区にあった千方を祀る社も合祀されたようで、「美杉村史」には合祀社として「千方神社」の名があります。

以上、現地訪問の記録でした。
