関の小万の仇討物語、2024年10月14日記事の続報です。

前回の記事を書くにあたって関宿(三重県亀山市関町)を訪ねましたが、小万の生まれ育った旅籠・山田屋(現在は食事処・會津屋)は残念ながら通常の営業時間前に完売閉店。美味しいと妻に聞いたおこわは食べられずじまいでした。

再度挑戦ということで訪問したところ、無事食事にありつけたので写真など挙げさせていただきます*1。
小雨降る関宿
訪問時の天気予報は曇り時々雨。小雨が降ったりやんだりしていました。
地蔵院では「竹あかり」イベントのため、前回訪問時とは異なる姿を見せていました。

前回訪問時には完売閉店だった會津屋さんも、暖簾がかかり営業中です。

小雨が降る寒空の下、関宿の街道を歩く観光客はまばらでしたが、會津屋さんは外国人観光客や地元のご老人方と思しきグループ、家族連れなど、多くのお客さんで賑わっていました。
メニューと店内
食事のメニューは蕎麦単品から定食まで多様です。
「お薦め定食」という山菜おこわと蕎麦・漬物などのメニューもあるのですが、どうせなら豪華なものと思い、少し値の張る「山菜御膳」を注文しました。

お店の建物が江戸時代のものなので、窓際カウンター席は結構冷えるのですが、温かい蕎麦と天ぷらが余計においしく感じました。
写真は撮っていませんが、カウンター席の窓越しに関地蔵院の本堂が目の前に。
関地蔵院は重要文化財が3棟あり、天皇の行在所にもなった由緒ある寺院ですが、冗談抜きで非常にコンパクトな境内となっています。今は街道沿いの塀もなく全くkオープンな作りです。次の写真、地蔵堂の奥に見える瓦屋根の建物が會津屋さんです。

會津屋さんの店内には「関の小まん」の浮世絵が掲げられているほか、下の錦絵が置かれていました。店舗右側が洋館風の窓に改装されていることから明治時代の錦絵だと思われますが、この時点で「あいづや安五郎」が経営する休泊所(旅籠)となっていたことが分かります。
現在では雨戸が閉められている二階の部屋も、地蔵院前の街道を見下ろすお座敷・宿泊所となっていたことが分かります。

會津屋さんには持ち帰り用の「おこわ弁当」もあります。
包み紙は関の小万が米を研いでいるかわいらしい絵と馬子歌で、折り返しの部分には「(注)関の小まんは、あいづやの前身 山田屋で生まれ育ちました。」との注釈がありました。

亀山城下のジオラマ

関宿訪問の後、亀山市歴史博物館に寄りました。
上の画像は「関の小万」が仇討を実行した亀山城大手門前・札の辻だと思われる部分です。この博物館、亀山城や亀山宿・東海道沿道の様子が大きく再現されており、私が今まで見た城郭ジオラマのなかでは最大級のものでした。

亀山市歴史博物館は、広大な亀山城下のジオラマのほか、マニアックで詳細なパネル展示(ヤマトタケルの陵墓はどこか?など)も複数あり、見どころが多くあります。
江戸期の東海道に興味がある方は、関宿散策とセットで訪問されてはいかがでしょうか。